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電子出版の荒波に呑まれる出版界に同情しきれない理由
多少、情報処理には強い
ぼくだから思うのかもしれないけれど、
出版は、まだまだ恐ろしいほど手作業の世界なのだ。

いや、
変わろうとしない、変える気もない、
といったほうがいい。

たとえば、
こちらで校正済みの電子データを渡しても、
それを一度プリントして、
印刷所で打ち直すようなことを平気でする。

そんなことをすると、人的ミスが入るし、
校正の手間が2~3回は増える。
それがコストを押し上げ、
出版までのスピードを遅らせる。

校正で朱書きを入れた部分を、
編集さんが転記して印刷所へ送ったりもする。

出版物の正確さをたかめるためにも、
確定稿に対する手作業は、
できるだけ減らしたほうがいい。

手作業を減らすには、
設備投資が要るし、
雇用も減ってしまうだろう。

だけど、情報技術が世界にもたらした変革とは、
つまりそういうことを要請するものなので、
それに対応しなければ淘汰される。

出版界のひとに、ときどきそういう話をするのだけど、
どうも反応が鈍いんだよね。
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テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

ナイト・イン・トーキョー
SN3E0133.jpg

しじまに光が溢れる街。

ひとが働く所は、白い光。
ひとが住む所は、あたたかい光。

いろんな想いや、愛や、憎しみや、欲望が、
ひとつひとつの光のなかで、うごめいている。

遠い日に、
おなじ光をみていた姿を、
窓辺に重ねる。

あのころ持っていた、
夢と希望と不安。


時は過ぎ去ったのだ。

テーマ : ひとりごと。
ジャンル : 日記

しょぼいぞ、民放ラジオのインターネット放送
先日、在京・在阪のラジオ放送の
インターネットでの同時放送がはじまるという発表があった。

よくみると、放送を受信できるエリアでしか、
ネットでも聴けないようにするらしい。

それでは、ラジオ受信機がパソコンに置き換わるだけの話だ。

インターネットの特性が死んでいる。

ラジオが生き残るためには、
多様な番組を提供することなのだ。

地方色豊かなラジオ番組には魅力がある。

大阪で少年時代を過ごしたぼくは、
電離層の状態がいいときにだけ聴けた、
東京の文化放送がとても新鮮だった。

いまでも地方へ行ったときに、
ドライブしながら地元のラジオを聴くのは、
じつに楽しい。

ラジオ局の偉い人は、
地方で都会のラジオ局が聴けると、
地方局が駆逐されるから、
インターネット・ラジオも
聴ける地域を制限するのだというが、
まったく逆だろう。

地方のラジオが都会で聴けて、
都会のラジオが競争にさらされるのだ。

都会のラジオ局は、それが恐いのだ。

また、ラジオは放送免許で聴取範囲が決められているので、
インターネットでもそれにしたがうのだともいうが、
それもおかしな話だ。

インターネットは公共の電波を使うラジオとは、
おなじではない。

リスナーとしては、
京都にいても北海道や沖縄のラジオを聴きたい。

そして、外国出張が多いぼくは、
外国にいても日本のラジオを聴きたい。

まあ、ラジオ局のほうも、
そういう需要があるのはわかっているのだろう。

わかってはいても、すぐには変われない。
そうやって、時代から取り残されていったのだろうな。

テーマ : インターネット
ジャンル : コンピュータ

理工系にとっての商業出版
ぼくのお仕事は人文社会系が主になってきたけど、
まだ片足のさらに半分くらいは、
理工系に残している。

理工系では、学会誌の原著論文が絶対で、
商業出版の価値を不当に低くみる傾向が強い。

というか、商業出版は同業者のレビューを経ていない、
ということで、ほとんどゼロ評価だ。

理工系の研究者はあまり本を出さないから、
商業出版することがどれだけたいへんなことか、
はっきりいって、ぜんぜんわかっていない。

学会論文も商業出版もやったことのある経験からいうと、
ちゃんとした出版社のレビューはかなりきついし、
本1冊出すのにかかる労力は、
そこらへんの学会の原著論文4~5本にも匹敵するだろう。

グーグル・ブック検索のおかげで、
商業出版物であっても、
誰がどこで引用してくれているかが、
少しずつわかるようになってきた。

学術的な評価につながるデータが得られるようになった。

粗製濫造の「学術論文」なんかより、
商業出版のほうが値打ちのある時代が、
理工系にもやってくるのだろうか。

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

すてきなひと
いいことをわけ与えてくれるひとはすてきです。

おいしいもの、うれしいこと、
美しいもの、おもしろいこと、
ちょっといい話、いつも気前よくわけてくれるひと。
お菓子だってジュースだって、
何でもわかちあいましょう。
おなじお皿にスプーンを突っ込んだって、
ひとつのストローからジュースを飲んだって、
間接キスだなんて神経質にならないで。
あなたがつらい目にあっていたら、
お皿をわけあった友だちが、きっと助けてくれます。


あてのない散歩を楽しむひとはすてきです。

どこへ行くとも決めないで、
気になるほうへ、気になるほうへと歩いていくひと。
そういうひとにはきっと、音にならない音、
声にならない声が、聞こえているのでしょう。
自分の知らないどこかへと、
みえない力にみちびかれ、
思いもしない何かをみつけだすのです。


はしゃぐひとはすてきです。

心が燃えることを、しっかりと持っているひと。
はしゃいだひとがいると、
まわりの人の心も動きはじめます。
はしゃぎ方はひとそれぞれ。
小躍りするひともいれば、
静かに熱くなるひとだっています。
燃え方はいろいろでも、
おなじことにはしゃげるひととは、
いつまでもいっしょの時間をすごしていたくなります。


気持ちをかくさず話すひとはすてきです。

はずかしいことも、つらいことも、
プライベートなことも、
聞いていてびっくりするようなことでも、
どんどん話せるひと。
心の垣根がいっぺんに吹き飛んで、
深いところでつながる感じに、
あっという間になれるからです。
どん引かれたっていいじゃない。
素直になれるあなたのことを、
心の底ではうらやましく思うひともいます。


裏切らないひとはすてきです。

たとえ自分が裏切られても、ひとを裏切らないひと。
信じてもらえるひとは、
どこへ行っても、何をやっても、
生きていくことができます。
でも、ひとから信じてもらうのには、
長い時間がかかるけど、
一瞬のひとことで、
信用をなくしてしまうこともあるからご用心。


自分を歌で表現できるひとはすてきです。

ことばは大事、でもことばだけじゃない。
メロディーがあって、
そしてあなたの声にのせてはじめて、
ことばは輝くのです。
昼だろうと夜だろうと、
部屋のなかだろうと街のなかだろうと、
ふっと歌を口ずさむひとは、
感性のアンテナを、
いつもいっぱいにのばしているひとです。
だって、ひとって何かに触発されたら、
ダイレクトに音楽欲に結びつくものなんでしょ?


こんなひとがいつも近くにいたら、
それだけで世界がすてきなところに変わります。




この「すてきなひと」という詩は、
ちょうど1年前に作って、
京都新聞さんに掲載してもらったものです。

それなりに反響をいただいて、
ぼくはこの詩を気に入っていて、大切に思っているので、
何かの本にでも収録できたらと思ってきたのだけど、
しばらくは難しそうなので、
ブログに載せて、読んでもらいたいと思いました。

テーマ : 自作詩
ジャンル : 小説・文学

情報公開の功罪
情報公開法ができてから、
国民は公的機関の内情や
意志決定過程がわかるようになっただろうか。

かならずしも、そうはなっていない。

情報公開を前提にして、機関の側が、
ちゃんとした記録を残さなくなったからだ。

会議の議事録なんかみても、
誰が何をいったのか、
さっぱりわからないようにしてあるものが少なくない。
(国の審議会なんかは、発言者がわかる議事録もたくさんあるが。)

すぐには公開されなくても、
記録さえどこかに残っていれば、
後世に現れるかもしれない
検証者につなぐことができる。

それが情報公開のせいで、
以前は残されていた情報が
消されるようになってしまったのだ。


ぼくが知る限り、情報公開がいわれるようになるまえは、
いまほどひどくはなかった。

議事録を誰がいったのかわからないように書くなんて、
わざと責任の所在を不明にすること以外に、
どんな理由があるというのだろう。

公的な会議ならば、自分の発言には責任がある。
その記録をあいまいにしろ、などというのは、何とも情けないことだ。
「わたしは無責任なことをいっています」
と白状しているようなものだ。


発言者名を残したがらないのは、
組織を代表している立場のひとに多いように思う。

発言内容によっては、所属組織から非難されることもあろう。

ぼくはだいたい、一個人の立場で会議に参加することが多いので、
概してお気楽なのかもしれないなあ、と思ったりもする。

テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

「作りたい本」と「売れる本」
情報系の人間にあるまじきことに、
ぼくは紙の本への愛着と信頼を、いまだに持っている。

ぼくの想いや考えたことは、
最終的には書籍に固定して、
ぼくが死んだ後にも
形として残るものにしたいと思っている。

そして、できることならば、
書店にいつも並んでいて、
手にとってもらえるようにしたいと思っている。

出版は慈善事業ではないので、
ある程度の数が売れそうな本しか出してはくれないし、
書店も棚に並べてくれたりはしない。

ところが、「売れる本」ということと、
ぼくの「作りたい本」とが、
あまり一致しないようなのだ。

そこに、ここ何年かのぼくの、深い悩みがある。

いわゆるベストセラー本(小説を除く)をみると、
はっきりいって、つまらない本があまりに多い。

ぼくは、いくら売れても、つまらない本は作りたくない。

「想いのこもった本」を作りたいのだ。


紙の本として出すことへの愛着は、
もうそろそろ捨てたほうがいいのかもしれない。

そんなことすらも、思いはじめている。

テーマ : 思うこと
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