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情報公開の功罪
情報公開法ができてから、
国民は公的機関の内情や
意志決定過程がわかるようになっただろうか。

かならずしも、そうはなっていない。

情報公開を前提にして、機関の側が、
ちゃんとした記録を残さなくなったからだ。

会議の議事録なんかみても、
誰が何をいったのか、
さっぱりわからないようにしてあるものが少なくない。
(国の審議会なんかは、発言者がわかる議事録もたくさんあるが。)

すぐには公開されなくても、
記録さえどこかに残っていれば、
後世に現れるかもしれない
検証者につなぐことができる。

それが情報公開のせいで、
以前は残されていた情報が
消されるようになってしまったのだ。


ぼくが知る限り、情報公開がいわれるようになるまえは、
いまほどひどくはなかった。

議事録を誰がいったのかわからないように書くなんて、
わざと責任の所在を不明にすること以外に、
どんな理由があるというのだろう。

公的な会議ならば、自分の発言には責任がある。
その記録をあいまいにしろ、などというのは、何とも情けないことだ。
「わたしは無責任なことをいっています」
と白状しているようなものだ。


発言者名を残したがらないのは、
組織を代表している立場のひとに多いように思う。

発言内容によっては、所属組織から非難されることもあろう。

ぼくはだいたい、一個人の立場で会議に参加することが多いので、
概してお気楽なのかもしれないなあ、と思ったりもする。

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